チームPLUS 1

デイトナ随行記

Mar.02 ホントに来たゾ!デイトナだぁ

小柄なウエイトレスが、親切にゆっくり訊ねてくれた。

「れあー?みであむ?うえるだん?」

迷わず「れあー・ぷりーず」と答えたのはデイトナ到着30分後でした。

「オヤジ、やっぱり最初の食い物はTボーンステーキがえーよ」 って、デイトナ先輩・マサト工場長の言いつけを守って、ちゃんとカタカナでテイボーンステーキをオーダーした国道沿いのレストラン。

「ウマイでしょ?」と目前に座る根本さん。チームに遅れて合流、お腹にモノ入れて一息。ようやく自分を取り戻したRC誌スタッフの小川さん、冬木さんそして私の3人。口を揃えて言った。

「良かった。無事にたどり着いて」 成田発ミネアポリス経由でオーランド。機体が30度程バンクした途端目に飛込んで来たのは雪に覆われた真っ白の大地。地平線のかなたまで真っ白。湿地帯である事を現す無数の池とそれらを繋ぐ川が、我々ライダーには一生遊んでも飽きないワインディングロードに見えたが、残念、違った。90度の角度で交叉した不自然な直線が道路だと気付いたのは暫くしてからの事。神が創った曲線に人間が造った直線とがあいまって、どんな有名な画家も表現不能と思わせる大きな作品に見えます。

凄い。デカイ。広い。初めて見た大陸は「天然資源一杯有りまっせ」と胸を張っていた。こんなに巨大な国土で日本のたった2倍程の人達が暮らしているに過ぎない。この広大な大地に。
翌日見た先輩ライダー(60代70代のライダー達がいっぱい)達の、あのシンプルな笑顔の源はこの広い大地が生み、育てたんだと後から思った次第です。
1人当りの占有面積の広さ。耕して育てる量の違い。自国で全てまかなう事が出来るよなー、この広さだもん。1人当たりの国内総生産とかでは決して測り切れない。なんて言うのか・・・底深い豊かさ、個人のシアワセ追及に対する受容度の高さってナものが在るのかどうか知らないが、そんなコトを感じながら下降旋回に身を任す私。

若い内にしこたま頑張って働いておけば、後は遊んで暮らす事が出来る。オヤジがそうした。オレもそうしよ。人生は1度きり。楽しまなくっちゃ・・・でも、オレは「若い内」をすでに過ぎている。と、これも後で気付いた。まぁエエわ、こうしてデイトナへやって来たんだから。

オーランドからレンタカーで120km程R4を北東に走る。目指すはデイトナの街。思えば遠くに来たものだ。ホントに来たんだなーぁ。デイトナへ。今回は参加ムリって決めていた私でしたが・・・2月のとある日、根本さんが電話をくださった。

「大変な時期だけど・・・行きましょうヨ。デイトナ。今年はジンさんも行くって言ってくれてるし・・・。去年は若い衆組、今年はオヤジ組ですよ」

「ううぅーん。行きたいけどなぁ・・・今はちょっと・・・」とか、1度は辞退したものの、

「全工程はムリだろうけど、ウチのスタッフが本戦前に遅れて入るからその時に合流ってのはどうだろう。これだと随分と留守の期間は短縮できますよ」

って、今の業界の実情を知ってもらっているが故の遠慮がちなお誘いの中で、極めて魅力的な提案をいただく。

「そうだ、こんな厳しい時だから行こっと!こんな時こそデイトナの元気もらって来なきゃ。そうだよなぁ。そうだそうだ」って、直ぐに方向転換。

そして、こうして色気の無いアメリカらしい道路をこんなコト思い出しながらレンタカーで走っている。

「こっちだよね。たぶん。これで合ってるよねぇ」
「もう在ってもヨイはずだけど」
「あっ、過ぎた。今右側に在ったよ」

とかとか、何度か道を間違えてようやく辿り着いたモーテルの玄関先。心配そうな顔して待っていてくれた根本さんと再会の握手したのは、成田を出発して20時間後の事。

「メシまだよね?すぐ行こう。まずはアメリカの味を体感しなくちゃね」と、根本さん。翌日から大事なレースだってのに、我々の到着を待っていてくれた。辿り付いた時間自体が遅かったのに、さらにさらに、深夜までの宴に付き合ってももらえた。

Mar.03 先輩達の笑顔と元気

前哨戦2戦を終えて、アメリカセッティングが施されたV7SPORT(ジングウシSpl)はF750(デイトナ初戦)のプラクティス(午前中3回有る)前にニードルを1段吊り上げてデイトナガスの燃え方をチェック。オクタン価110の超ハイオクガス。115とか120とかも有るみたいで、ブレンドして使う事も有るらしい。
ジェニングで2戦走った後なのと、去年までのデーターが役立ったみたいです。やはり蓄積されたデーターの量が結果につながるんだなー・・・と改めて思った。

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ライバル選手 M3Racing.jpg
根本さんはパドックのアチコチから声を掛けられます。 相互に信頼、尊敬を基にした上でのキツイ冗談も飛び出してる様子。言葉は良く分らないけど、随所でそんな雰囲気。
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豪雨
豪雨の中でのトップグループのバトル。前も後ろも滑りっぱなしの大激戦。観ている方が息詰まり、力が入りっぱなし。
バンク
バンクを駆け抜ける根本・ジングウジSp1
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第2コーナー 第1コーナー

レーススタート。絶妙のスタートに喜ぶ間も無く私達の目映ったのは・・・。左から激突され弾き飛ばされたV7の姿。イン側のマシンがウエット路面に後輪を滑らせ、根本さんを外に押す。そのアオリで右側のBMに接触したV7&根本さん。順位は落としたが大事に至らず全車1コーナーに飲みこまれて行った。

「良かった。えらい事にならずに済んだ」
見る間に完全ウエット状況になったコースを慎重に走る各ライダー。

「怖いんじゃろなー、無理は無しよ」
と思う気持ちは仲間のみんな同じ筈。僕らの気持ちを知ってか知らずか、周を重ねる毎にポジションアップする根本さん。そんな姿を見て、マタマタ結果を求める私。

「ガンバレ!」
最終ラップ。まるで気持ちが届いたかの様に、先行する2台(シーリーマチレスとRD400)の前に出て、そのままチェッカーを受けた根本さん&V7スポルト。

「ヤッタ!ヤッタ、ヤッタ、ヤッターぁ」
感激して、チョット涙した私でした。終わってみれば参加した全てのレースで入賞。という今年の根本さん&V7スポルト。ありがとうございます。思い出深いこの数日を共に過ごさせて頂いて。

根本さんと部屋に戻って(根本さんと同室にしてもらった私でした)人生談義。「バイクは人生の師」をテーマに話すオヤジ2人。
「バイクは人生を教えてくれるよね。ボクの言ってる『今でもうまくなれる』って意味の大半は、ライテクも有るけど人生の楽しみ方過ごし方のテクニックなんだな。今回も、まだまだダメだなと思い知ったよ」
と、ホンネで語ってくれる根本さん。そうだ、そういうコトなんだ。と、すっかり自分の気持ちの整理付いた私です。パドックの中で見せてもらった、先輩オヤジ達のあの笑顔。全体に流れるアノ空気。

「敵わない。負けてる」って感じた部分はソコなんだ。一生の間に何かひとつ極める事。

「ひとつを極めればちゃんと人生見えて来るに違いない」
「バイクの町医者業を極めよう。技術や経験、知識だけじゃだめなんだ。これは」

と、アルコールに溶かされかかった脳みそで再確認したデイトナ最後の夜。いっぱいバイクに乗って、いっぱいバイクに教えてもらって、いっぱいバイクとお話して、ちゃんとしたバイクに戻してあげる事。それを通して、人と関る。私も学ぶ。そんなバイクの町医者を極めよう。

「良くなりました。アリガトウ」と、みんなに言ってもらえた時が一番嬉しい。
そんな時は今でもこっちのオヤジに負けない笑顔してるのではないだろうか。

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戦い終わって記念撮影。みなさんお世話になりました。
右から神宮司、根本。左から冬木、小川の各氏に挟まれて真中が私です。

誘って下さった根本さん、ジンさん。一緒に遊んで下さった小川さん、冬木さん。サスガ!の写真使用許可を下さいました木引さん。本当に有難うございました。カァーちゃん、マサト、シンちゃん。そして留守中ご迷惑かけたに違いない皆様、お陰様で勉強もし、元気をもらって帰ってきました。ありがとう。

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これも速い!バンクを駆け抜けるトラには 独特の迫力がありました。 ガリー・ニクソンWith CB750。
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人車ともに博物館モノ。しかし、コースに出ると、バンクをブっ飛んで行く。驚き、尊敬、憧れもしてしまいます。 ガリー・ニクソンWith CB750。上位常連の人車。根本さんによると、ファイナルのスタート直前でズルズル前に出てしまいあわてて戻してたとか。クラッチ切りきれないみたい。

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