チームPLUS 1

店主敬白

1.お店のカタチが見えてきた!

2階に案内されて、フカフカのソファに恐る恐る座る私とカァちゃんのおのぼりさん夫婦。深く座るとふんぞり返ってしまうし、浅く座るとどうも腰の収まりが悪い。高そうなデカイ指輪の輝く指先が、我々の前にコーラの入ったグラスを静かに置いた。黒いワンピースをまとったスタッフが、「いらっしゃいませ」と上品に微笑んだ。

 この時の光景と自分達の心情は、今でもよくカァちゃんとの話題に登る。「やっぱり高いバイクを売っているお店のスタッフは何から何まで違うモンなんじゃ。すぐにゃ成れんけど、何時かはああ成れるんじゃろか。成らんといけんのじゃろうか」帰りの新幹線の中で顔を見合わせて何度も確認し合った我々だった。 年が明け、1986年ゴールデンウィークの後。カァちゃんと上野を歩いていた。伊賀じゃありません。東京の上野。店にはバイクがビッチリ隙間無く入っている。バイクだけ詰まった店が軒を連ねている。コーバが無いオートバイ屋を初めて見た。その上、「どぉーですか」とか「入ってご覧になって下さい」と、歩道でバイク屋さんの若い衆が呼び込みをしているじゃないの。へぇー。こんなんがアリなんだ。これだけ人が居る市場では、バイクだけ並べて呼び込みしてバイク売るんだ。

 ふぅーん、東京ってなんてスゴイ所なんだ。

 横浜にある叔父の家をベースに2泊3日の開店前視察旅行。人の多さ、歩く速度に驚きながら2人は渋谷の村山モータースを訪ねた。歴史を感じさせる木戸にはめられたガラスには、村山モータースとペンキで書かれている。私から見るとこのペンキ文字ずいぶん誇らしく見える。ここは整備工場だった。表に立ち止まると、スタッフ全員がこっちをむいて、大きな声で「いらっしゃいませっ!」と対応してくれる。びっくりしてそして感心した。そこはやっぱりあの匂いがした。心やすまるあの匂い。「村山さんのコーバもアノ匂いのする正しいコーバだ。来て良かった」心からそう思った。

 路地をはさんで左側のビルが村山モータースの本社社屋。外車屋さん(しかも東京!だよ)の威容に圧倒されてしまった私。入るにあたりどうも敷居が高い。またまた行ったり来たりした後、思い切って一歩踏み込むと・・・店内ドゥカティだらけ(あたりまえダ)の迫力に押され一歩下がった。平静をどうにか装ってショールームを拝見。数分後、ようやく落着いた僕に初対面の彼女が言った。

 「私、きれいでしょ」って。

 モンジュイだった。日本に来たばかりの彼女は全身からオーラを発して僕を悩殺した。他の娘達はかすんでしまって、目に入るのはモンジュイだけ。「カッコえぇー。速そーぉ」と一目惚れ。訪問目的はドゥカを「売る」にあたって、どうしたモノかの相談をさせてもらうコト。ところが、モンジュイを見たとたんに「買う側」目線に成っている私でした。
さっきまでの緊張は何処へやら。モンジュイへの恋に落ち、我を無くして店内で1番偉く見える人に、

 「岡山でバイク屋始めます。ドゥカティ売らせて下さい」

と大きな声で言った。手渡したのは手書きの名刺。しかもしかも、残りそうな運転資金は無いに等しい事はすっかり忘れている。自慢じゃないが、当然?アポイントなんて貰っていない。いきなり訪ねて、胸を張って「販売店にしてよっ」って言った34歳の子供だった私です。ところが、

 「いいですよ」

との返事。ニコやかに笑って手渡された名刺には「営業部長」の肩書きがあった。川名部長との出会いだった。今考えると、こんなコト言われた川名部長はさぞかし驚かれたに違い無い。得体の知れない田舎者の若造が、モンジュイ見てヨダレ垂らしてるナと思いきや、いきなり「販売店にしろ」しかも「これから開業する」って。有るのは勢いだけ。川名部長の優しい返事が新しい僕の人生の入り口だった。
 開店を6月15日(なんでその日に決めたか忘れた)と決めていた。不動産屋さん巡りを続けて何軒目かのおじさんに案内してもらった倉庫。県道沿いの大きな木の下にポツンと建っていた。その木(ニセアカシア)が、何か気になった。ココロ安らがせてくれるこの気になる木が「ここでしたら?」と話しかけてきたような気もした。ここに決めた。

 やっぱりバイク展示スペースは要るよな。このままじゃ、タダの倉庫。今で言うとロフト調だけど、元は製材屋さんの倉庫、ちょっと違う。どーもバイク屋らしゅうない。アキちゃんに相談。アキちゃんはカァちゃんの妹のダンナ。当時は設計事務所勤務の1級建築士サラリーマン。後年独立して、現在は高名な建築家になりつつあるが、独立後暫らくの間はその倉庫の2階に「Plus建築研究所」っていう事務所を構えるコトになるとは、その時本人は思って無い。

 アキちゃんが設計図を書いてくれた。さすがプロ。倉庫に一つ建物(たった7坪だったが)を加えただけで、随分とお店らしくなった絵を見せられ有頂天になった私。だったが…アキちゃんから概算の見積り金額を聞いてガックリ。随分と足りない。「そうじゃろなー。そりゃそのくらいはかかるわなー」思ったよりも貯金してくれてたカァちゃんだったが、到底足りそうに無い。ウーン困った。数日後、オヤジ(カァちゃんの)が「孫の顔を見に来たよ」と言って遊びに来てくれた。やさしいまなざしで、

 「お祝いじゃ。何かに使え。お前にやるんじゃないよ」

と言って封筒を差し出したオヤジ。嬉しかった。一気に夢が現実に成ってきた。加えて背中に何か乗っかった気もした。今更ながら「自分でやるんだっ!」って気になった。「よーし、頑張るぞ」と気合が入った。

 5月1日着工。いかにも職人さんらしい棟梁と若い衆が、倉庫の改修とショールームらしきものの工事に取り掛ってくれた。開店予定日まであとわずか。 あれから丁度16年後の今(02)。着てる物も態度もゼンゼン変わらない我々は、なんて失礼なバイク屋なんでしょうか。何に対して「失礼」か?それは「ドゥカ」じゃなくて「外車」ってコトだけにヨロコビを見出すお客様層に。だけだと思う。バイク好きってコトに変わりは無いから嫌いじゃないし、こっちからお客様を選ぶといった不遜なコト考えたりもしません。自然体でいると、こうした層のお客様の要求に応え切れない私です。この自然体のままでいるコトがこうした層のお客様に対して失礼なんだ。くらいのコトは認識している。

 「その『自然体』がプラスワンのなんちゅうか・・・コア・コンピタンスかもしれん。けども、ちょっとはその、なんとか、どうにか、あの・・・『アカ抜けた』トコあってもエェーんじゃねん。だいたい、そういった客層の方が金持っとるで」とトリちゃんは言う。

 「オトーさんは大根売るんと同じ様にドゥカを売るんじゃから」とも、マスオカ君は言う。

 ホントに失礼な我々夫婦の今後の人生はいかに。皆さん最後まで看取ってよ。宜しくです。
「急いでムリして生きても、ゆっくり自然体で生きても、同じ24時間じゃし、どうせなら楽しく長く1日を過ごしたい」と、最近余計に思うようになったのは、やっぱり歳のせいでしょうか。それとも歳とっても治ってない?