チームPLUS 1

店主敬白

2.世間様の反応

東京視察旅行から帰り、どうにかこうにか開店の段取りも付いた。梅雨前の眩しい青空の下、笹ヶ瀬川の堤防の上でゴロンと寝転がって空を見る。バイク屋始めて・・・こうなったら、ああなったら楽しい!エーゾエーゾ!と、楽観過多希望的な空想をぼんやり楽しんでいたホンマに安気な私。

 連れ出した愛犬・ジューベー(初代)は当時が元気盛り。夏草の緑輝く土手道で放してもらい力強く走り廻っていた。今は亡き彼にとって、この時期が幸せの絶頂期だったに違いない。普段の何10倍も一緒に過ごした。「えっ今日もイイの?ホントかよっ」ってな顔して笹ヶ瀬川行きのヨロコビを全身で表していた。土手や河川敷で一緒に過ごしたあの頃のコト、彼も覚えていてくれたに違い無い。
 今想うに、夢いっぱい。純粋に前向きな夢を抱けた。それを食って生きていたあの頃が懐かしい。あんな時期ってもう持てないと思う。(孫持ちの身、当たり前か)

 自慢じゃないけど、それまでは朝の一瞬か深夜しか家に居なかった私。近所でも評判の家に居ない亭主。一転して朝から晩まで家に居る身になった。仕事といえば、2週間に1度職安に行く事だけ。

 団地内のニュースの伝播速度は異常に速い。それと団地の平日昼間って、人が結構たくさん居るもんなんだってコトを初めて知った。特に他人の家の変化に付いてはその伝播速度と範囲は恐ろしいモノがある。団地ってトコは正に口速ブロードバンド常時接続状態。
 家を出ると、待ってましたとばかりオバさん達のインタビューが始まる。

「どしたん?マーとうちゃん(マサトの父ちゃん・私のコト)。最近家におるんなぁ」
「仕事は?」
「ほーん。辞めたんかなぁ・・・そーかなぁ・・・」
「どーするん?これから」
「そりゃーそーとなぁ、前から聞こーと思ようたんじゃけど・・・」

 少々疲れた団地妻(何だか知ってる?)達は興味津々。つかまるとなかなか放免してくれない。まぁこれも自分で商売するにあたって、人と話をする練習と諦めてお付き合いする。ご近所の人達と話す機会が激増した。相手のリズムや興味に合わせて、密にコミュニケーションを執ったのですよ。オバさん相手に。
 「マラカニアン宮殿にはよーけぇ靴があったらしいなぁ」とかの国際政変問題から、「この急激な円高で、あのケチな○○さんが一家でハワイに行ったらしい。こりゃーよっぽどのコトでぇ」との国際金融問題。「今度来た、ホレ、あのダイアナさん。ありゃぁ姑とエエようにいっとらんらしいでぇ」と、国際嫁姑問題。「中森明菜は今年もレコード大賞取るんじゃろかなぁ。あのコ愛想ネーんがイケンわなぁ」「男女7人夏物語のサンマとシノブ、ありゃぁデキとるらしいデ」とかの芸能問題。こうした各方面の諸問題に鋭くメスを入れるオババ達に、けっこうな時間ご教示をいただく機会を持った。

 お陰でオバさんにだけはモテた。今も昔も若い女の子にモテたためしは無いけど。この頃の修行のお陰か、オバさんにはちょっと実績があったりする私です。オバさんが好きでもマニアでも決して絶対に無いのだけど。

 お店はどんどん出来てきた。7坪のショールーム増設工事は、オフクロの伝手で故郷・津山の工務店にお願いした。いかにも職人さんらしい風貌の棟梁と若い衆は、毎日70kmの道のりを通って朝9時には必ず仕事は始っていた。見ててホントに気持ちのヨイ仕事振りだった。言葉少ない棟梁だったけど、お客様に見せるべき仕事への取り組み姿勢を教えてもらった。
 唯一電気工事だけは前の会社のお客さんの北岡さんにお願いした。北岡さんにも教わった。
「あんたもここで商売するんじゃったら、工事は全部こっち(岡山)の業者を使わにゃいけん。持ちつ、持たれつ。という言葉知っとるじゃろうに・・・スクーターくらい買ってもらえたかもしれんで」と。
 そう言ってた北岡さんは、「急がんから動くようにして」と、当時でも年代物のCB350Fourをトラックに積んで後日店を訪ねてくれた。

 工事中の店の周囲でうろうろしていると、早くも色々なセールスに会う。世の中スゴイ。モノを売るのを職業にしている人って、多いんだなぁー。いろんな人が色々と売りに来る。暇にまかせて話聞いていると、「なるほど」とも「イイなぁ」とも「欲しいなぁ」とか思ってしまう。

「何屋さんされるんですか?そうですか、バイク屋さん。そうですか、まさかバイク屋さんにレジスターは要らないとお考えじゃないですよね。レジスターはどんなご商売にも必要です。例えばですね・・・」

 当然そんな余裕無いのでお引取願ったが、実はとても買いたかった。レジスターの営業の人のプロポーザルに、「フムフムなるほど。そうかそうかそんなコトも出来るのか。そーだなぁ。やっぱり『店』っつーたらレジスター要るよなぁ」と思ってしまう。世間様にバイクを売る準備をまだしている状態なのに、工事中の店の前で早くもモノを買おうとしている私です。
 実はほんの開店翌年、レジスターのリース契約書にハンコ押してしまった私です。「買ったんよぉー」って自慢げにトリちゃんに言ったら・・・

「レジスター?なんで?いりゃーせまぁーそんなモン。めったにお金が入って来たりセンのに。ホレ、そこのクッキーの空き缶。そう。こないだウエちゃんがひとりで全部食べたやつ。それそれ、それーでも入れときゃーえェが」と、随分なコトを言う。
「でもなぁ、出納の記録が残るから帳面の記帳がラクなんよ」って、レジスターのセールスが言うようなコトを言う私。
「そりゃーそーかも知れんけど・・・リース料金払ったらレジスターの中身が無くなるがぁ。そしたら、せっかくのレジスターも役に立たんわなぁー。そんなモンは、額も件数も増えてから買うモンで」
「うぅっ・・・。エンじゃ!もうハンコ押したんじゃから」

 更に追い討ちをかけてそう言うトリちゃんに、とても腹が立った。しかも言うコトが当たっているだけに、余計に始末が悪い。トリちゃんが今度オイル交換に来たら、古い天婦羅油でも入れておいてあげよう。と、思った。
 すぐにセールスされてしまうし、ナンかすぐにその気になってしまうのですよ。「アンタはほんまにモノ売りに弱いんじゃから」と、その後も事有るたび(その後もあった)に生きていながら閻魔様に叱られ続ける私です。

 本当にバイク屋を始めるの(出来るの)だろうか。といった疑問がこの頃の私に対する世間様の総評だったのではないだろうか。私の代わりの新工場長・ヒロは「ヨメさん用にスクーターを買うてやる」と言ってくれたが、本当にバイク屋を始めるかどうか・・・信じてなかったフシもある。今度訊いてみよう。
 森さんの「何時でも帰って来い」と言ってくれた一言が、先の不安を全部無しにしてくれていた。「まぁ、どうにかなるさ・・・真面目にしてりゃ・・・」と、世間様のご心配をヨソに、今よりも、もっともっと安気者のままだった私。