チームPLUS 1

店主敬白

3.仲間達の反応

店が出来たらこのカタナもこんな軒下と違って、純正セパハン付き外観上・機関極上・「屋内保管」ってコトになるなぁ。とかとか思いながら、開店前の暇にまかせて撫で撫でしてあげる私。バッテリーがちょっと弱ってる。もう終わりかなぁ、まぁ、モちょっと我慢。お店の売上があってからだ!とか、「自営の成果」としては随分とこじんまりとした健気な第1目標を置いてカタナを磨く。
 この時期、ホントは自分のバッテリーの心配なんかしてる場合じゃなかった。ま、私が心配してどうにもなる問題でもなかったけど。

 世の中はアウトドアだとかバイクブームだとか、「究極の・・・」とかいった美食ブーム。今や巨大なヒットになった「ドラゴンクエスト」の発売。ご幼少の工場長は聖闘士星矢のフィギアを山のように集めていた。NTT株が110数万で売り出されたら、初日にストップ高とか。ナンかヘンに浮かれてた。けど、一方では急激な円高。まぁ初期は誰も気付いてなかったとコトだけど。「120円になったら、日本の製造業は全て潰れる!」とか言われた円高不況に入って行く時期。こんな中、これから開店する店の行く末じゃなく、自分の乗るバイクのバッテリーの心配をしていた幸せな私です。はい。

 団地の外までそーっと押して出てカタナを暖機。前夜、どんなに飲み過ぎてても夜明け前に必ず目が覚める休みの朝。バイクの様子を確認しながら一般道をゆっくり走る(前歴2。1発6点コースをいただいたら即免許返品という身分だったせいもある)

 さてさて、いつもの金甲山(ここをサーキットと同じ様に思っていた時期は長かった)入り口。先ずはウォーミング・アップと路面検査。「あっ、ここオイル撒けとる。ったく夜走る4輪の子は撒きっぱなしかぁ。いかん奴っちゃなぁ」「やっぱりここはまだ濡れとるなぁ」と路面の様子を確認しながらゆっくり頂上の駐車場に着く。ここで軽くライダーズ・ミーティングの場合もあるけど、その日は誰も居ない。余談だけど、当時の金甲山には竹帚がここぞってコーナーに常備してあって、夜の間に飛び散ったレンズの破片やら路面に散った路肩の泥、クーラントの水溜りを掃き清める早起きライダーの美しい姿が有ってたりしたのでした。
「やった。今日は1番乗り。誰も来てないもんねー」と喜び勇んで走り始めた2往復目の下り。すれ違ったのは永谷さん。永谷さんは、お米屋さんの2代目。出たばかりのVFR750に乗って登って来た。

 ボチボチ休憩、と駐車場に戻る。VFRの隣に止めて、朝のご挨拶。そして先ずは一服。タバコ咥えてしゃがんでいる左側から朝日が射し始める。このところ毎日が日曜日だけど、このひと時が「今日は休みの日」っていう実感を感じさせてくれることを身体がまだ覚えていた。

「店の場所決まったんじゃって」
永谷さんが言った。
「家賃いくらなん?」
とも。

「それがけっこうするんよー。月にコンだけ。ニセアカシアいう大きな木が植わっとってなぁそれが・・・」

「まぁ、そのなんとかいう大きな木はエンじゃけど・・・ほーんそりゃ大変じゃなー・・・大きな固定費になるからなぁー。人は雇わんからえぇーとしても・・・」
「・・・とすると、うぅーん。粗利が・・・としたら、固定費分としても・・・くらいは売らにゃいかんわけかぁ。そりゃ大変じゃわ。頑張られぇーよオトーさん」

粗利率?・・・固定費分賄う売上?・・・言われてみて今更ながらちょっとだけ不安になった私。永谷さんは自営業者の先輩として、親身になって、善意で心配してくれている。

「まーどうにかなるんじゃねんかと思うんじゃけどなぁ」
と根っからの安気物の私。

「うん。どうにかなる。オトーさんなら出来るわぁ、うん」
と言ってくれる永谷さん。メガネの奥に何時もの優しい目があった。

 気を遣ってか、私と同類の安気体質からか、とても現実的で力強い励ましをくれた仲間達も多く居た。

「道沿いじゃからパンク修理は絶対有るで。良かったなー。これで、なんじぁー、毎晩のビール代は出るで。その合間にスクーターの修理でも入りゃイケルイケル」

スークターの修理で何がイケルのか。ここは良くわからなかった。でも、おぉ、そうゆうモンか。毎日のビール代が出るのか。これゃエエなぁ。と、何か元気が出てきたりした。ちなみに当時から現在までパンクの修理代は殆ど変わっていない。

「ウッちゃん。パチンコ得意じゃったよなぁ。良かったなー。暇な時はパチンコで稼げゃエエわけじゃ」

とも言ってくれる人がいた。これを当て込んでパチンコ屋さんの近くに店を決めたわけではない。でも考えてみると・・・生まれてこのかた、私の活動拠点から歩いて3分以内の距離にパチンコ屋さんが必ず有った。私のコトを客観的に見続けてくれている人達はこうした見方もしているのか。うぅーん。知らなかった。独立して、暇な時パチンコで稼いだ分はどうなるんじゃろ。小遣いにすりゃエエのかなぁ、「営業外収益」いうやつじゃろか。とかは考えず、「それもえぇーなぁー」と半分以上本気で思ってたりもした。

 この誰かが言ったこの助言をちゃんと忘れず、開店後大量発生した暇な時間は殆ど斜向かいのパチンコ屋さんに詰めて居た。暇を創って出掛けたフシも否定しない。「あ、あぁー、プラスワンの内田さん内田さん。店に帰るようにお電話ありました」ってよく店内放送された。さすがに「店に帰るように」ってのはちょっとカッコ悪かった。


あの頃のコト。カァーちゃんゴメン。