チームPLUS 1

店主敬白

2.歩道商売

販売1号車がタクトだったように、新車荷動きの主体はスクーターだった。かと言って沢山売れたわけではありません。けれども、各社の新型スクーターを歩道側軒下にずらりと置かせてもらっていた。外から一番アピールできる場所として、当然のことのように側溝と歩道の一部、ほんの一部が主力商品展示場となっていた。
 道路清掃車がガオーッと巨大なーブラシを回して通り過ぎて行く。その後は、歩道に並べたスクーターに砂ぼこりが飛んできて積もる。何せ全て預かり物、

「商品はいつも綺麗にしといて下さいネ」

との各メーカー販社の担当営業の言い付けを守り一台づつ洗車。洗い傷、拭き傷を付けないように優しく丁寧に。

 開店後、何回目かの道路清掃車通過のとある日。さてさて、主力商品をキレイにしようかと外に。

 「?・・・!・・・なっ・・・無い」

一番右端に並べていた黒のホンダリードの姿が見えない。

「カぁーちゃん、ホンダのA君リード引き上げに今日来たかなー。無いけど」
「イヤー今日は来んよ。どしたん?」

「一番右端に置いた筈なんじゃけど無いんよなぁ・・・黒のリードが…もしかして?・・・」

暫く言葉を無くしてしまった2人でした。

 そうなんです。展示してたお預かりスクーターがまさかの盗難。それも寄りによってスクーターの中で一番高いホンダリード・・・。しかも、白昼。さらに店内何処に居ても歩道を通ることの話し声が聞こえるこじんまりした店で。

「1台2台無くなっても気が付かない程の、何10台も置いて下さってる大きなお店なんかだと、時々有るんですよ。多分プロの仕事でしょうね。でも…盗られましたかぁ・・・ココで・・・」
ホンダの担当の言葉に愕然とした新米店主でした。15万円と言えばふた月分の家賃。スクーター10台分の粗利がパーになった。

後日、そのホンダのA君、いやA様が神様に見えた。
「どうにか社内保険でカバー出来るようです。安心して下さい。その代わりって言うとナンですけどウチのスクーター優先的に売って下さいよね」
と、優しくプレッシャーをかけてくれた。

「喜んで売らせていだきます!はいっ」
その後、歩道のスクーターの前輪を太いワイヤーで数珠ツナギする事が朝一番の仕事になったのは言うまでも無い。ちなみに、その年のスクーター総販売台数はちょうど10台だった。

 最初は随分広く感じた8坪のコーバ。ところが雨が降ると、お客様からお預かりした車両を外に出すわけにはいかず、コーバはバイク達で満杯。作業が出来ない。強い味方の幅3メートルの歩道にドーグ箱を持ち出して、軒下でよくパンク修理をした。

 ご存知のように、パンクの修理の絶対額は低いものの、その料金のほとんどが粗利。目標!1日2件のパンク修理。

「おとーさん。もうちょっと仕事あってもエエわなぁ。向こうの信号のトコロに釘何本か置いとこか?ちょうどこの辺でタイヤがぺちゃんこになる様に」

我が家の生活を気にしてくれる仲間が子供の笑顔で言ってくれる。

「じゃ、ヨロシク」 と、何度言いかかった事か。でも、決して口にはしていません。運いいパンク修理に巡り合う日が時々有った事は事実です。当時の我が家にとってはボーナス。

 そんなラッキーな日は成田屋(チェーン居酒屋のハシリの地元店)に喜々として出掛けた親子4人でした。

「マサト!今日は成田屋じゃー」
「やったー。から揚げ注文してもえーかなー」
「言うとくけどエリと半分ずつで。その代わり湯豆腐はひとつ全部食べてもえーからナ」

家族全員飲んで食ってお腹イッパイ。しめて2千円也のリッチな晩御飯を頂きながら
「○△チャン。ごち」 と小さくささやいたけど、違ってたらゴメン。

 「くろくて、きたなくて、クサイのおとーさん」 と、幼稚園小さい組のエリコに言わしめた犯人は銀杏の木。銀杏の並木道として有名だった我がお店の前の県道。毎年初秋になるとボタボタと音を発てて銀杏の実が降り注いだ。

「ジュウベー(初代)のウンチが靴に付いとる?クサイ」 と言われるのがイヤで、帰る前には必ず靴の裏を洗った。店の暇にまかせて、拾い集めて隣の畑に内緒で埋めて待つ事ひと月。フライパンで炒って何も付けずにいただく銀杏が、もう冬が来るよ、今のうちにシッカリ働いとかんと。と毎年有難いアドバイスをくれた。

 こんな歩道商売だった。出来ていた。